2016年6月に行った南フランス集中研修の参加者の感想の一部です。

 ヨーロッパでの集中研修はだいたい3年に1度のペースで予定しています。

 基本的には統合ヒーリング科とフラワーエッセンス療法科の学生・卒業生のための研修ですが、School of Healing Arts and Sciencesで長く学んできた履歴のある人の参加もあります。

 ヨーロッパでの研修は、アルケミーの道程に深く惹かれる多くの人にとって、自分自身の魂の記憶と向かい合う機会になります。

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 ルルド、すがすがしい場所でした!!

 水と空気が本当に魂のごちそうになりました。

ルルド
ルルドの町を守るように取り囲む丘から、聖域を見たところ

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 フランス研修、大変お世話になりました。ありがとうございました。

 私は帰国後1週間ほどは、体調を崩していましたが 、その後、南西フランスでいただいた滋養の効果か、ずいぶんと元気に過ごしています 。

 はじめて行った場所でしたが、オクシタニアの自然や街並みなどどれをとっても、私が焦がれていた風景でした。

 ルルドに集う方々や受け入れる方々の様子は、とても尊いものとして心に残りました 。

 自分一人では、フランスの中でも南西部に行くことを選択肢に入れることもなかったと思いますし、実際に行く力もなかったと思います。

 先生とみなさんの力に乗せていただいて行くことができたのだろうな、と思います。

 盛り沢山すぎて未だ記憶の整理が追いつきませんが、漏らすことなく経験を刻み込んで、今後に役立てていきたいです。

カタリ派の城
城塞の案内役をお願いしたのは、歴史学者で、オクスフォード大学のローズ奨学生たちにカタリ派の歴史を教えているジェイムズ・マクドナルド氏

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 改めまして、フランス研修では大変お世話になりました。

 毎回リトリートや集中研修に参加させてもらって思うことですが、家族や仕事のコミュニティから一人離れ、外に出ることの大切さを今回は特に実感している感じです。

 特に、今回はルルドやカタリ派の城を巡るということが関係しているのかいないのか、 準備段階から、ずっと「内的な光」や「巡礼」について思いめぐらすことが多かったように思います。

 実際に、ルルドで土地の存在のチャネリングをした経験は、宗教としてのキリスト教や聖母の存在は、自分にとって大きな光の存在の「象徴」でしかなかったのだと、 気づかせてくれました。

 お陰で(?)あんなに欲しかったロザリオ熱も冷め、オクシタニアの十字架を手に入れたことで、何だか妙に落ち着いてしまいました(笑)

ルルド

 今回、過去生の記憶について考えることが多かったように思います。 肝心な記憶については未だにはっきりとした形で思い出せていませんが、過去を思い出すということ自体を、勘違いしていたのかも知れません。 ドラマや映画のようなファンタジーというか、 そんな劇的なものを想像していました。

 でも、実際に縁を感じている様々な場所に赴き感じたことは、劇的なビジュアルではなくて、内的に感じた確かにその場所にいたことがあるという確信でした。

 そこには怒りや、恨みや悲しみの感情は不思議と感じられず、 (もっとおどろおどろしい感情が出てくるのかと思いこんでいた) その土地に感じている懐かしさと再びその土地に戻ることが出来た嬉しさをしみじみと感じていたのでした。

 自分では過去の人生を思い出すことは 「今の人生でのプラスになる、プラスにしたい」と願っているにも関わらず、実際の日常では過去での体験が、今の人生の中で足かせになっているのではないかと感じることが多く、思いだすこと自体、躊躇していたのかも知れません。

 クラスで、先輩が「今だったら、信仰のために死んだりできない」(そんな感じのことを) というような話をしていた時に、自分だったらどうだろうと思って聞いていました。

 その時に多分、自分なら、信じていることを曲げてまで生きていたくないと思っただろうなと感じていました。

 でも、その土地に足を運んでみて感じたことは、想像と全く違っていました。 過去生の自分は、迫害されて辛い人生を送って仕方なく死んでいったと 思いこんでいたのですが、 今回フランス研修を終えて思うのは、その時の自分は、信仰を貫き生きることがとても幸せだったんだと。

 その生き方をとても誇りに思っていたように思うのです。 だから、その時の生き方への憧れを今も手放せないでいるんじゃないかと。

奇跡のメダイ教会

 プロバンスの修道院に着いたころにはもう、この頃の自分と同じようには生きていくことはできないんだと感じて少しさびしい気もしましたが…。

 何にせよ、 オクシタニアにはまた行かなくちゃ。

 ありがとうございました。

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カタリ派の城

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 [研修の後に先輩たちと足を伸ばした]ゴルドの村とセナンク修道院はとってもとっても美しかったです! ロクシタン ゴルド村店がありましたが、そこの店先にオクシタニアの十字架が飾ってあり、感激!・・・したのに、ぼんやりして写真撮るの忘れてしまいました。

 またオクシタニアには絶対戻って何日間か過ごすぞー!と心に誓いました。

セナンク修道院
セナンク修道院

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研修に参加したインターンのブログ記事
http://ameblo.jp/sageandspirit/entry-12177255607.html
http://ameblo.jp/sageandspirit/entry-12180237638.html

関連読み物(写真多め)
「カタリ派の村と城 乗馬トレッキング/南フランス」

6泊7日のボルネオ島でのリトリートが終了。

もらったメールや学生用の掲示板から、参加者の感想(抜粋)と写真を何枚か借りて載せておきます(写真も全部学生たちによるスナップです)。

初日はやはりキナバル山へ。

日本での疲れと旅の疲れが重なっていたみなのオーラフィールドが、ぐいっとグラウンディングされ、顔色が生き生きとしてきました。

それから4日間のクラスで学び、〆の自然ツアー2日でボルネオのエネルギーをしっかりオーラフィールドにつめて帰国。

自然ツアーは年ごとに、ホタルや野生動物を見るリバークルーズ、オランウータン保護センター、近海の島巡りなど、同じ場所に戻ったり、新しい場所を訪れたりしながら、参加者が有機的にボルネオとエネルギー的な関係を編んでいけるようしていきます。

「珍しいものを見ておしまいの観光的滞在」でなく、自然や人に触れ、時間を過ごし、エネルギー的にも物質・肉体的にもその土地に馴染むこと(=そのエネルギーを自分のオーラフィールドの一部にすること)。

それによって、日本での忙しくせわしない仕事や生活の間にも、「自分には体と心を休めるために、いつでも戻れる場所がある」と思い出せるように。

好きになった土地との間にエネルギーの絆を結ぶことで、離れていても、その土地のエネルギーの支えを受けとることができるように。

思い出したり写真を見ただけでも、「そこで経験した時間の流れ、体と心が癒えるパターン」が体感的に思い出され、それをまわりの人たちやヒーリングのクライアントに伝えることができるように。


ユイさん、参加された皆様、お疲れ様でした!私にとって2回目のボルネオは、脳はそれほど崩壊しませんでしたが、身体がすごいスピードで浄化と再生を経験しました。帰国してからのリズムはボルネオ時間のままのゆったりモード、この感覚を忘れないでいたいものです。パワフルでエネルギッシュ、サッパリしていて優しいエネルギーに包まれたボルネオを満喫できた海外研修でした。

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昨日、無事にボルネオから帰ってまいりました。

ボルネオがとても近くに感じたのと、とても優しく豊かで、平和な場所だと感じました。

なにより、日本食を一切欲しいと思わなかったことや、ここから日本に繋がっている多くのものを実感しながら(特に食文化)、自分達日本人の中にもこのエネルギーが存在しているのだと、うれしく思いました。

海外での研修が初めてで、なおかつ新たなことへのチャレンジに少し尻込みしてしまう私ですが、とても安心できるものに包まれて、この1週間を目一杯過ごすことが出来ました。

また、先輩方の卒業の儀式への参加も心から感謝します。言葉に出来ないものすごいエネルギーと経験でした。そこに居させていただいてることを本当に心から感謝でした。

本当に沢山の素晴らしい経験をさせていただいてありがとうございました。

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初めてのボルネオは、聞いていた通り優しく、活気があって、カラッとしていて、色の鮮やかさにも目を奪われました。

植物、生地屋さん、街ゆく人たちの服、みんな色濃く鮮やかできれいでした。

そして何を食べても美味しかった! 安心して美味しいものをたっぷり食べられる幸せを満喫していました。

そして迎えた卒業式の日。

当日まで時間をかけて準備もしていただき、感謝、感動の一日でした。

Yuiさん、みなさん、日本からアストラル参加してくださったみなさん、ありがとうございました!!!

初ボルネオ、幸せでした。

ボルネオ島の夕焼け
ボルネオ島の夕焼け

みなさま、ボルネオではお世話になりました。

食べて笑ってマッサージ受けて、キャノピーウオークも2度目だけど気持ちよかったし、リバークルーズの夕焼けと、ひとつづつ見えてくる星空も最高に素晴らしく、ボルネオを思う存分、満喫できました。

卒業式も、ホントに素晴らしかった。濃密なエネルギーに包まれて卒業する二人の姿に、とにかく涙が止まりませんでした。

私にとっても、ひとつのイニシエーションになったようです。

さて、またがんばろ。

キナバル山
キナバル山

赤道近くの太陽の日差しは、肌がチリチリするほどに強くて、色彩がほんとうにきれいでした。

大きな自然と存在たち、出会ったさまざまな人たちにも支えられて、あっという間の滞在でした。

日本に帰ってからは眠くて眠くて、復帰するのに思ったよりも時間がかかりました。キナバル公園の植物園には、心惹かれる植物や生き物たちがたくさんいて、もっともっといっしょに居たかったです。

キャノピーの上からは原生林の緑に飛び込みたい気分で一杯でした。しばしのポーリン温泉も適温で最高!

リバークルーズで出会った、黒々した水牛たちもとってもかっこよかった!

食べ物はどれも滋味があって美味しいし、日本の28度とはまた違った種類の暑さだけど、こういう気候で日々暮らしてたら、自然に体力がアップしそうだわと思いました。

卒業式の日は、なんだか時間の進み方がいつもと違っていて不思議でした。うまく言葉にできないけれど、アケミさん、ひろよさんの後ろ姿がどんどん光を増していって、懐かしさのような、嬉しさのような涙が止まらなくて、お二人が着ているワンピースの柄の中に吸い込まれそうでした。

式を通じて届けられる言葉のひとつひとつが、お二人それぞれにカチカチっとはまっていくような感じがしました。

参列することができて本当にうれしく、そしてありがたい時間でした。

寝る前などに、キナバル山のあたりのことを思い出すと、なんとも言えない気持ちになります。

ボルネオ、また行きたいナ! ありがとうございました。

May Mt. Kinabalu be with us!

キナバル山
キナバル山

ボルネオでは大変お世話になりました!

まだ帰ってきてから、3日しか経っていないのに随分と経つような気がしてなりません。

初めての海外研修参加はボルネオがいいなとずっと思っていましたが、予想通り、ものすごく楽しかったです。

こちらに帰ってきてすぐ仕事だったので、既にエネルギーは減りつつありますが、私の中にボルネオで過ごした時間のリズムの記憶は残っていて、ボディワークをしている時に、そのゆったりしたペースを感じることが多くなりました。

特に、霞が関周辺で仕事をしている人達へのトリートメントをする際には、今まで彼らのリズムに同調して無意識に足早にリズムを刻んでいたんだと改めて感じます。

私がボルネオで体感した、ゆったりしていて自由で、よゆうがあって、大らかで流れるようなエネルギーを東京で足早に生きている人達に少しでも体感してもらえたらいいなと思っています。

今回のクラスで聞いたお話や実習もちょっとずつ時間をかけて自分の中に統合していけたらいいなと思います。

本当に幸せな研修でした。ありがとうございました。 感謝をこめて。

ボルネオ島のビーチ
ボルネオ島のビーチ

 2012年8月のバリ島リトリートについて、インターンの人のブログの記事が写真もたくさんあり、全体の雰囲気も伝わっていい感じなので、紹介しておきます。

バリ島リトリート1 プルナティ芸術センター
バリ島リトリート2 ガルンガン
バリ島リトリート3 観光
バリ島リトリート4 滋養を与える

 道に献身する者は、大きな輪を描きながら歩み、人生のさまざまな段階を経て、もう一度自分自身に戻ってくる。そうしてその時には自分自身がより確かであり、よりいっそう自己の本質の深い部分から自分を表現し、生きることと関わっていくことができるようになる。

 そういうアルケミー(精神的錬金術)の道のりを体現する人たちとともに歩んでいけることは、幸運なことだと思います。

 再び、専門課程の学生の感想です。

 いつもありがとうございます。

 研修が終わって、経験を言葉に落とすことに時間がかかりましたが、とても大事な経験でしたので、形にしておこうと思い、感想を送らせていただきます。書きたいことは沢山あるのですが、短めにまとめます。

 3回の研修を通して、器が形成され、プロセスを通過し、器が閉じられるということを、はっきりと意識することができました。季節のエネルギーとグループの器が、変容を支え、優しく導いてくださいました。

 春の研修の後は、かなり煮えていたのですね。もがいていました。今回は、閉じられて、次に向かっていく流れを静かに感じています。

 妻でも母でも娘でも、○○のお母さんでもない、素の自分でいられる器に安心していられたことが、とても貴重な体験だったのだと思います。そして、大好きな自然の中にいられるのですから。

 6回目の飛騨で、初めて森の土の上に身を横たえました。今まで一度も体を預けて見ようとは、思わなかったのが、今となっては不思議です。森に、「あ~受け入れ られている」という感じ方が、朝、昼、夜と関係を重ねるごとに深まっていきました。寒い朝なのに体が暖かく、一体になるって、こういう感じなのかな…と。

 受け取ったものが大きすぎて、反芻しながら、味わい、感動して、胸が熱くなります。

 今、何度も通った源泉のことを考えていて、自分の内なる源泉に通う旅だったような気がしています。土を踏み固め、道をつけるために。これを、深めていくことは、とても楽しみです。

 共に時間を過ごした仲間がいて、変化していくことを、お互いに支え合えることも、本当に貴重なことです。

 ようやく8年越しのタローカードの最後を仕上げにかかりました。… 今回の研修で感じた四大元素と自然との取り組みを描きこんで、自分らしい絵が出来そうです。

 フラワーエッセンスに魅かれて、夢中でレパートリーを読んでいた12年前の自分が、自然との関係を深め、自分の手でレメディーを作り、そのことが癒しの道になるとは全く思いもしませんでした。

 ありがとうございました。

(1)

 研修では大変お世話になり、ありがとうございました。

 金沢へ戻ったその日の晩、「鰤起こし」を思わせる雷鳴がとどろきわたり、研修の締めに加えて季節の移り変わりを感じました。

 これから北陸ではだんだん雨の日が多くなっていきます。

 夏・春・秋と、足かけ2年にわたる研修は、さすがにパワフルでした。

 長い間には個人的に良い時もわるい時もあって、高山へ来るだけでも精一杯、いっそ参加自体とりやめようかと考えたこともありましたが、終わってみるとそれすらも自然に近づくための一過程であったように思えます。

 「わるい時」には、植物との時間をとれないことにずっと悶々としていました。

 あるとき、「あ、私、もともとそんなに植物とか好きな人じゃなかった」「泥で手が汚れるのも虫さわるのもいやかも」と気がつき自覚して、そこからようやく都会のもやしっ子なりのアプローチを自分に許すことができました。

 ずっとイメージしていたのは「車で2時間かけて山奥の大自然へ出かける」ことでしたが、まずは「自転車で20分かけて森っぽい公園へ出かけてみる」というのが私にとっての第一歩でした。

 行ってみた先では、動植物たちから出血大サービスとしか思えないような歓迎を受けました。

 それは人にわかってもらえる客観的なものとは違うかもしれません。しかし宝物のような経験は心の中に「自分にとって大切なもの」として納められていきます。それが自分を豊かにし、力づけ、先へと進む力になっていくのを感じました。

 しかし、現状に気がついて腰を上げるまでにどれだけ葛藤があり、時間が必要だったことか…たったこれだけのことに! とも、驚くべき変化だ! とも思います。

 1回だけの研修だったら「あの時はいいお話聞いたな~」で終わりかねないところ、この研修では次回までの間に自分で作業する時間があります。実際に作業ができなくても、意識のどこかにフラワーレメディのことがずっとあって、その間の時間を過ごします。

 この圧力がつらく感じられるときもありましたが、これがあってようやく私は、他の誰でもない、自分と植物たちとの経験を得ることができたのだと思っています。

 もう一つの大きな収穫は、「お祈り」です。

 最終日、皆で感謝のお祈りやことばを述べていきましたが、真摯な言葉に込められた胸をうつ思いと、空間に流れる響きの快さにうっとりしてしまいました。

 教会などで形式的なお祈りを聞く機会が多かったせいか、これまで「お祈りってどうなんだろう?」と思っていましたが、そこに真実や誠意が込められたとき、お祈り自体も十分感謝のささげものになることに気がつきました。

 とても印象的だったので、帰ってからも機会を見つけてお祈りしています。

 首をひねりながらですが、いつでも本当の思いを言葉にのせて、向こうに届けられるようになれたらと思っています。

 普段からの心にもない/意に反した言葉や行動は、言葉の力を削ぐことにも思い当たりました。これから少しずつ、自分の言動も見直していくことになりそうです。

 この他にも、一緒に学んだメンバーの姿から教えられたことや、生活を共にする中で分かちあえたこと、高山の自然の素晴らしさなど、全ては書ききれませんが…

 この場を長きにわたって支えてくださった王由衣さん、そして集まったメンバーの皆さんに心より感謝しています。

 どうもありがとうございました。

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 三回のフラワーメディスンの教えをありがとうございました。

 より深く豊かに自然との繋がりを思い出せるきっかけになり、貴重で喜びに満ちた経験でした。

 エッセンスの切り取られた効能というよりも、木そのものや木自体の感じているものを体感的に理解する感じでした。

 個人的には、お米のエッセンスを作ることが出来ました。

 一年半借りていた田んぼがこの秋に売却され宅地になるため、この土地にとり最後の稲作でした。

 8月の時点では、稲刈り前の売却ため、次の世代に種籾として命をつなぐ事が出来ない可能性があったので、 考えた末に、この土地での最後の稲の命を残す意図でフラワーエッセンスとして残すことを決めました。

・・・

 田畑をしている私にとり、講義中言われていた「人が介入する性質であること」と「人が作物を栽培すること」が私にとり重なっています。

 縄文時代には植物の声が聞けて適切な場所で狩猟採集が可能で、弥生時代になると自然と離れて栽培にとなったような気がします。

 自然と離れたスーパーマーケットの野菜を買うことと、栽培植物と向かい合って種を残しともに生きていくこと、そして野生の自然と向かい合うことの間で、私は畑に向かい合うことをただ続けるのみですが、自然界とともに生きることが当たり前の環境になるところへ向けて、私なりに少しずつ行動してこうと思います。

 貴重な機会を作って場を開いて下さいまして、 ありがとうございました。

(3)

 自然に幼い頃から親しみ大好きな私でしたが、いつの間にか自身の内面から引き離されていました。 その感覚を取り戻したいとクラスに参加しながら、歩んできました。

 この飛騨高山の一年半三回に渡る研修はパワフルなものでした。

 この度、飛騨高山の自然がとても近くに感じられるようになり、何かが変化したように思います。

 例えば、 飛騨に今回行ったらとろうと思っていたエッセンスを参加の少し前から飲みはじめました。

 山を歩きながら、何となく足元を見るとすごく惹かれる樹の枝が落ちていて、思わず手に取り部屋に持ち帰りました。 皆が素敵だね~何の木だろうと写メに撮る人、スケッチする人など様々な中、私は何もせず、その木の姿に見入ってました。

 研修が終わり帰宅し、何となく開いた本にそれと同じスケッチを見つけ、確信したは、自身が飲んでいるフラワーエッセンスとその実際の植物との繋がりを実感した瞬間でした。

 また、昨年7月の一回目めの研修が終わり、何日かゴロゴロ(仕事と研修の疲れが抜けず)ぼーとしていた時でした。

 突然、大声で(内側だか外側だか分からないのですが)「母が交通事故、そして認知症」というメッセージが聞こえ、(でも大丈夫だという静かな確信が)

 それから二時間くらいして連絡があり、母が横断歩道を渡っている時に車にはねられ搬送されたと電話がありました。

 足の骨折は人工骨に置き換える手術が行われ、脳は高齢でリスクが大きいために手術は見送られました。 様々な状態を経て急速に認知症状が進み、話すことも出来なくなりました。(でも大丈夫なんだよ。というあの時の静かな確信)

 しかしながら、この現実にうち震えながらの5月の二回目の研修に参加させていただき、帰宅したところ、連絡があり、母の症状は後遺症で、頭の中に水が溜まり認知機能に障害が出ているとのことでした。

 手術で水を抜けは元に戻ると聞いたときには、今まで重くのしかかっていたものから解放され、こんなにも自身に影響があったのかと実感した次第でした。 母は水頭症の手術をうけ、少しずつ水を流しました。

 少しずつ回復に向かう中、三回めの研修に飛騨高山を訪れることができました。 帰宅したところ、母の脳はすっかり元に戻ったとの連絡がありました。

 人の命、生命力というものは、その人自身が選び決めるものなのなど思いました。もちろんまわりのサポートは大切ですが、最終的にはその人のものなのだと。

 この素晴らしい研修を企画して下さった由衣さんに心より感謝申し上げます。また参加させていただけたことを嬉しく思います。

 ほんとうにありがとうございました。

 この10月に終了したフラワーメディスン集中研修の参加者からメールが届き始めているので、紹介しておきます。

 2013年の7月から1年半にわたり、5泊6日の研修を3回とその間の各自の取り組みという形で、参加者はすべての日程に出てもらうことを前提にプログラムを実施しました。

 一人一人が長い時間をかけて自分自身と向かい合い、とりわけ母なる自然と植物の助けを借りて自分自身の癒し、学び、成長に関わりたいと強く願う参加者たちの熱意とコミットメントによって、グループのエネルギーは最後までしっかり支えられていました。

 (事故で最終回に参加できなかった人もありましたが、この人の存在は参加者中の親しい人々(専門課程のクラスメートたち)により繰り返し思い出され、気づかいとともに名前が言葉にのせられることで、ともにグループのエネルギーの中に保たれていました。)

 最初にまず専門課程の学生たちの感想、それから追加のポストでそれ以外の人たちの感想をのせます。


 5月上旬にフラワーメディスンの第二回目の集中研修に参加してきました。

 今回はフラワーエッセンスを実際に各自作ってみることの他に「祈り」「言葉とエネルギー」についてのトピックが予定されていました。

 今まで幾度となく祈ることはあったけれど、祈りの言葉を口にすることには抵抗がありました。それには自分を表現することへのためらいや、照れがあったのかもしれません。

 日本では「祈り」というと宗教的なイメージと結びつけられます。それに対しての抵抗だったのかもしれない。

 また、自分が言葉を通して神聖なものに触れ、神聖なものへと向き合うことへの恐れなのかもしれません。

 自分は神聖なことを表現するような人間ではない・・・そんな心の奥底に沈んでいる自己否定の気持ちなのかもしれません。

 毎回、飛騨での研修で感じられることですが、自然の中で過ごすことで人は自身の本質を感じることが出来ます。

 社会の中では、個性や能力を持つことや、自分を自由に表現することを抑えなければならない場面もあります。

 そういったしがらみから抜け出し、ただそのままの自分で自然と接することが出来た時、自然からの大きな恵みや目に見えない様々な存在からのサポートを体感することが出来ます。

 その経験を言葉に乗せて祈る。

 言葉にはその人のエネルギーが乗るんです。

 集中研修で皆の祈りを聞かせてもらった時、その人「らしさ」が表現されていました。

 祈りの言葉がいくら形式的で素敵な言葉の羅列であっても、その人自身の
エッセンスがその祈りに込められていなければ、人の心には届いてこない。それは、相手が人であっても、目に見えない存在に対してであっても同じことなんだろうと思います。

 フラワーエッセンスは自然と作り手のエネルギーで作られる、いわば自然と人との共同作業です。共同作業で作られたエッセンスは人々のエネルギーに働きかける。

 フラワーエッセンスの基礎的な原理を見せてもらったような研修でした。

 (研修についての追加の感想や写真は本人ブログに)

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 一年半に渡るフラワーメデイスン研修、ご指導ありがとうございました。始まる前から、自分が知りたかったことはこれだ!と思っていましたが、終わってみて、受け取ったものの膨大さばかりを感じています。

 ただ感謝の念でいっぱいです。

 沢山のものを受け取ったので、書こうと思えばあらゆる角度から感想があるので(食事や風呂のことも含めて(笑))、短くまとめるのが難しいのですが、3回の講座を通して最も強く感じたのは、ア ルケミーの変容過程でした。

 タローカードを描いている時にも、似たような感覚がありました。

 自分には計り知れない大きな流れ/道を確実に進まされていて、内的にも外的にも様々なプロセスを辿り、最後には自分の中の何かが確かに変わった!と確信出来る、あの感覚です。

 その変容を支えてくれている、ほんとうに多くの、見えない方々の存在をヒシヒシと感じられました。森の中で、みんなと一緒にアストラル界の方々に出逢った経験は、これからも自分の大きな支えになってくれるでしょう。

 車で飛騨に入るとき、長野を抜けて、松本からウネウネとした山道を走ります。上高地/乗鞍を通り抜け、やっと開けたところが高山です。電車だと、富山の海岸を過ぎ、ガタゴトと山間を電車は進みます。とにかく、沢山の山の真ん中にあるのが、オークビレッジで す。

 ここの大地の懐深さ。どこまでも自分が広がっていける、とても優しい、大きな変容の器であり続けてくれました。

 里山の四季をそれぞれ6日間かけてじっくり堪能出来たことも、素晴らしかったです。四季があるということは、光がこれほどに変化するものなのだと、初めて実感しました。夏は強く、秋は繊細に、 春には温かい日の光の変化は、絶妙の火加減でした。

 湧き水は、夏は冷たく、冬は温かく、身も心も澱みなく洗い流してくれました。谷間を吹き抜ける風は、湿気を含んでいるのか、いつもやわらかい風でした。台風の時にさえ、風は優しかった。

 飛騨の土地は、日本という土地での変容のプロセスに意識を向けさせてくれました。 おだやかで、優しく、ゆっくりではあるけれど、日本独特の自然は確実に魂を育んでくれる。 飛騨という土地が、私にはピッタリ合った気がします。たぶん、職人気質とか、隠れ里とかいう、飛騨で暮らして来た人間の歴史も含めて。

 グループのみんなが、それぞれに変化していく様を見せてもらえるのも、こういったクローズドで長期にわたる研修の醍醐味でした。

 次は1月、新月の飛騨です。心から楽しみにしていますので、また、よろしくお願いします。

 (研修についての追加の感想や写真は本人ブログに)

 この合宿では施設の環境が理想的で、初めて夜に森の中に座り、暗闇の中でガイダンスを受けとる手引きをしました。最初はこわごわだった学生たちが、やがて「夜の森遊び」にはまっていく最初のきっかけだったと思います(笑)。

 以下は参加者からの感想です。


みんなからの温かく慈愛に満ちたエネルギーが儀式によって束ねられ、赤ちゃんに贈られる瞬間は感動的

「蔵王ではお世話になりました。私にとっては初めての土地でしたが、自然と一体になった環境が素晴らしく、豊かであるのに、まるで庭に出るような気軽さで、森や川の中に入っていかれるのは魅力的でした。

 木々の間や川の水に浸るのも久しぶりのことで、自然の中に入ることで開放され、安心できるのだということを、思い出させてもらったような気がします。

 帰り間際になってから、川遊びの出来るいい場所を発見したので、次回は水着が必須だと思いました。

 夜の森の中へガイダンスに出かけた時は、川の中の岩の上を選んで座っていました。水の流れる音や、岩の上の柔らかい苔も気持ちよく、自然の包み込むような闇の心地よさ、優しさに改めて気付かされました。

 その一方で、こんな時間にこんなところで一人でいるところを、見知らぬ人に発見されたらどうしようという不安も湧いてきて、闇というより人の気配の方が、自分にとっては怖いのだという事も知りました。むしろ夜の闇の中で安心して自分を「開いた」からこそ、その無防備な中に他者が侵入してくる危険を感じたのだと思いますが。

 それから今回、なんと言っても素晴らしかったのが、生まれたばかりの赤ちゃんの祝福式でした。新しいメンバーを迎えた先輩ご家族と、それを囲むスクールの仲間たち、お祝いのために整えられたアイテム、蔵王のネイチャースピリットたち。

 みんなから紡ぎ出される、温かく慈愛に満ちたエネルギーが、儀式によって束ねられ、赤ちゃんに贈られる瞬間は感動的で、空間に光があふれて輝いていたように感じられました。生まれたばかりの時からこうして祝福を受けられる赤ちゃんとご両親は、とても幸せだなと羨ましくなりました。

 こんな風に、一人ひとりが人生の大切な節目に、仲間たちから温かい祝福を受けとる経験を積み重ねていけたら、自分の生に対しても他の生命に対しても、尊厳と慈愛を持って接するということを体現していかれるだろうのにと思います。

 本当にあっという間の5日間、施設の皆さんのサービスもとても心地よく、毎食の素晴らしいお料理と、暖炉の灯りが恋しいです。これからまた戻っていくことになるであろう新たな場所でリトリートに参加できたことは幸運でした。ありがとうございました。」


高校生と中学生の子供たちも「また来年も行きたい」と

「今回は初めて夫がいっしょでした。お誕生の儀式の前に研修室に夫が入ってきて、しばらく由衣さんの話を聞いていたようでしたが、あとから聞いてみたら、由衣さんのおっしゃっていることはよくわかると言ってました。

 子供が親を選んで生まれてきているという話にも、とても理解できる感じがあるらしいです。

 子供たちも、また来年も行くと言っています。二人とも高校と中学に進んで、やはり小さなお子さんたちといっしょに遊ぶ、というのが少し違和感が出てきたような様子でした。それなので、もう行かないと言うのかと思ったら、来年も行くそうです。息子は今朝『あー、蔵王行きたい』と言ってました(笑)

 昨年の合宿中、息子が受験勉強を研修室でやっていたのですが、彼はけっこう研修室が集中できるとかで気に入っているようです。高校に入って宿題の量も尋常ではなく、蔵王にいる間も必死に宿題をやっていました。でも問題を解きながら、由衣さんのお話も聞いているようです。

 ネイチャースピリット、四大元素、植物、人間の肉体、フラワーエッセンス、ハンズオンヒーリングが、自分の中でひとつにまとまろうとしているような、『ああ、これがやりたいんだ!』という感覚がはっきりしていて、ようやく自分がこれからどうしていくのか、道が見えてきたような感じです。

 勉強しなくてはいけないことが多すぎて、圧倒される感じもありますが、最近は『これをやりたい』と思うと、目の前にサポートしてくれる人が出てきたりしますので、そういったことも楽しみながら、やっていこうと思っています。」


赤ちゃんに向けられた沢山の甘く優しい、さわやかな光 家族という器が形成されることへの感動

「蔵王のリトリート、ありがとうございました。やさしくさわやかな南蔵王の土地に包まれて、体調もとてもよく、すっきりと過ごせた5日間でした。

 帰宅してから、本当に行ったの?と、思うくらい、夢の中の出来事のように感じられます。

 祝福式に参加できたことが、嬉しく、大変心に残りました。赤ちゃんの存在がとても大きく感じられ、沢山の甘く優しい、そしてさわやかな光を感じました。家族という器が形成されるそのことも、感動しました。…

 おこぼれをいただき、私も新しいスタートのエピローグが見えてきた、そんな感じです。漠然としていたことが、具体的になりました。

 クラスでゆいさんの口から語られる言葉が、自分のための物語を聞くような満足感があり、また、耳の痛いこともありました。

 あれほど暗闇が怖かったのに、あの夜の森に戻りたくて仕方がないのです。満月に向かう月の光が、木々の葉を銀色に照らし、暗闇初心者の私に光を届けてくれました。

 最後の夜は雨上がりで、草の上に沢山の雨粒が、星のように輝いていて、本当にきれいでした。生命体のようにも見え、不思議なかんじがしました。

 テラスで、ガイダンスの練習をしながら、常に子供が起きたらどうしよう…という思いがあり、全てを手放して、できるようになりたいものです。これが、修行なのでしょうか…。

 家族で参加できるよいところは、家に帰ってもお互いのギャップが少ないことです。

 子供たちも少しずつ大きくなり、以前は家族とクラスの間で葛藤がありましたが、今回はとても楽な精神状態でいられました。家族として受け入れていただいていることに、本当に感謝します。

 ゆいさんと馬に乗れたことも、とても楽しかったです。めざすは、ゆいさんの5チャクラ。ブレがないって、こういうことなのだ…と背中を追いかけながら、感動していました。

 今度はいつ[馬の]小雪ちゃんに会いにいこうかしら、と思いを巡らせて楽しんでいます。家族もまた行く気です。

 食事はおいしかったし、水、空気、暖炉の火、森も馬も人も、全てが、やさしく私の内を満たし、とろけさせてくれました。ありがとうございました。」


初めてやわらかく温かなコミュニティーや、その器のようなものにリアルに触れた

「出産してから、ばたばたとすごして時間だけがすぎていた日々でしたが、祝福式をしていただいてから、なにか一区切りついて仕切り直しができたような感じがしています。

 夫もとても感激していて、時間は短かったけれど、とても充実していたと話していました。祝福式は本当にわかりやすい言葉で話していただけて、うれしかったです。

 式にでてからは
・本当に気がついて、意識しながら生き続けなければならないということ。
・目の前に、私たちのもとに産まれてきてくれた子が、本当にいるんだということ。
・幸せも悲しみも同じように存在していて、それを認め受け入れて生きていくのだというようなこと。

 色々な気づきがあり、子供が生まれた自分の人生を客観的に見ることができた貴重な体験でした。

 それには、出席してくれた人たちがいたことも大きかったと思います。初めてやわらかく、温かなコミュニティーやその器のようなものにリアルに触れた経験でした。

 それはなにか「ああ、自分達は大丈夫なんだ」と思えるものでした。ここからあらたに家族で一歩を踏み出せそうです。本当にありがとうございました。

追伸 あのトンボには本当にびっくりしました。あんなこともあるんですね〜

[式が始まると同時に大きなオニヤンマが窓から入ってきて、ずっと部屋を飛び回り、式が終ると同時に窓から出ていった出来事]


自然と人、目に見えない存在の優しくて大きいエネルギーに抱かれた5日間

 蔵王リトリートの感想を送ります。

 みんなの感想を読んでいたら感動も新たに、豊かで柔らかな蔵王のエネルギーと赤ちゃんの祝福式での、たくさんの人や存在からの喜びのエネルギーがよみがえってくるようでした。自然と人、目に見えない存在の優しくて大きいエネルギーに抱かれたような5日間だったと思います。

 夕食時のたき火も嬉しかった! 四大元素を満喫できました。

 滞在中はおもに宮城蔵王の女性的なエネルギーを感じていました。満月の影響も大きかったと思います。

 その後の心理療法では、ここ何回かのセッションで自分の女性性に意識があたってきていたことを言われ、「あ〜そういえばそうだった」と、表層意識では意識していなかったけれど、無意識ではそこにアクセスしていたからなのかなと思いました。

 そして、何より大きかったのは暗闇に入ることができたことです。あまり馴染みもなく怖いと思っていまたが、初めに電気が消えた時、ワクワクしている自分がいたのでちょっとびっくりしました。

 実際に森に出てみると、多少の緊張はあったものの森は静かに受け入れてくれて、怖いと思っていたのは自分自身の内にあるもの、心の状態の反映なのだということを感じました。あれから、ぽつぽつと楽しみながら暗闇との関係を深めています。

 赤ちゃんの祝福式はほんとうに素晴らしく、その場にいることができたことに感謝します。温かく柔らかな祝福のエネルギーが共鳴しあいながら赤ちゃんと家族を包み、そして空間全体に広がりまた共鳴していく感じがしました。儀式というものの意味、それに少しですが触れられたような気がします。

 新たに赤ちゃんも加わり、一段とにぎやかなコミュニティになっていきそうで、ますます楽しみです。家族同伴のリトリートでは、それぞれの家族の姿を見せてもらえることも大きいです。

 その器を支えてくださっているユイさん、ほんとうにいつもありがとうございます。安心して暗闇に入っていけたのも、器があったからこそだと思います。

 このいただいた経験をきちんと自分のものに落とし込み、家族、日常生活に活かしていきたいと思います。ありがとうございました。

 今年で7年目になった夏の集中研修(長野)ですが、本当にいろいろな意味で充実していました。初の統合エネルギー科の卒業式は、もちろん重要な出来事。

 式に11人の子供たちがいっしょに参加してくれたのにも、大きなメッセージが込められていたと思います。子供たちの多くは過去の研修にも出ていて、フラワーエッセンス療法科の卒業式にも参列しているので、実は連戦の研修参加者(笑)。

 教室でお母さんたちがレクチャーを聞いたりヒーリングの実習をする間、横で静かに夏休みの宿題をしたり絵を描いたりしているのも、毎年のことながらほほ笑ましい光景です。

 そしてこれも毎年、子守りに奮闘するお父さんたちにも感謝と感嘆を禁じえません。あらゆる年齢の子供たちをまとめ、川で遊ばせたり、バーベキューや花火をしたりと、朝から晩まで驚くべき忍耐と体力です(笑)。

 とにかく楽しくて、本当にあっという間の5日間でした。

 以下は参加者の感想から紹介します。

オオハンゴンソウ
施設のすぐそばに群生していたオオハンゴンソウ


本当の意味での卒業の儀式に参加できた

「研修に参加したのは、昨年に引き続き2回目でした。リトリートの醍醐味は、クラスをみっちり受けられるということと、そこで得た経験を参加者の皆さんと一緒にシェアして過ごせることだと思います。

 バーベキューをしながら川で遊んだり、地元のお祭りに飛び入り参加して、焼きとうもろこしをサービスして頂くという嬉しい交流もありましたし、普段あまり会えない方々と一緒に、お食事をしながらお喋りをする何気ないひと時も、私にとってはとても貴重なものでした。

 今年は特に、統合エネルギー療法科から初めて卒業生が出ることに加えて、先生である由衣さんも正式な聖職者になられたばかりでしたから、本当の意味での卒業の儀式に参加できるという事もあり、事前から期待と興奮でいっぱいでした。

 長い間皆を支えて下さった大先輩が卒業してしまうということは、後輩の自分にとっては喜ばしくもあり寂しくもあり、複雑な感覚でしたが、式は愛情溢れる本当に素晴らしいものでした。

 こんなに重みのある卒業式は、自身を振り返ってみてもなかったことです。

 最後に子供たちと大騒ぎしながら食べた大きなケーキは、最高においしかった!! 参加出来て本当によかったと思います。ありがとうございました。」


アルケミーの歴史の重みが身近に、自分のこととして感じられた

「研修では、今まであまり意識していなかったアルケミーの歴史の重みが、由衣さんを通してすごく身近に自分の事として感じられ、また自分が何をするべきかを突き付けられたような気がしました。」


卒業式 とても高いエネルギーを感じて光がまぶしかった

 「簡単ですが、感想を送ります。久しぶりのクラスでしたので、いちいち感動していました。レクチャーは、ひとつひとつが胸にしみこんで、魂が満たされるという喜びを感じました。

 神経系のヒーリングの実習では、[クラスメートから]とてもパワフルなヒーリングを受けられて、クラスの器の深さを感じました。…

 普段の生活では、全体を見回して、気をつかって、そのように動いて…と、いつも気をはっているのですが、クラスにでると、ボケッとただそこにいることを許されているのだ!! ということに気づきました。

 貴重な場です。年に一回でもそこに戻れるというのは、私にとっても、子供にとっても、(多分、夫にとっても)ラッキーだと思います。ありがとうございました。

 卒業式は、とても高いエネルギーを感じました。フラワーエッセンスの卒業式の時は、密度の濃いお堂のなかにいるような感じでしたが、今回はすっきりとしていて、光がまぶしかったです。

 何年か前に高原さんとお茶を飲んでいたときに、『ヒーラーは真剣にクライアントと向き合って、そこにいられるかということだけなんや』とおっしゃっていたことを思い出しました。その言葉通りのことを、体現されていることに、感動しました。」