スピリチュアリズムの歴史と基本理念

スピリチュアリズムは、19世紀半ばにアメリカで生まれ、アメリカ全土やイギリスに広がりました。

その運動のピークは20世紀前半とされますが、今でもアメリカ、イギリス、ブラジルなど中南米にメンバーや活動家(司祭/牧師、霊媒、ヒーラーなど)がいて、世間の目にはあまり見えないところで活動しています。

スピリチュアリズムは、人間の魂が死後も生き続けることを信仰・信条の土台とします。

そしてそれを証明するための方法論として、霊媒とスピリチュアルヒーラーの訓練と養成に力を注いできました。

スピリチュアリズムは多くの優れた霊媒を輩出していますが、ほとんどの霊媒や教師たちは、世間に知られることなく活動しています。

比較的有名な人では、アメリカ先住部族のスピリチュアルガイド、シルバーバーチをチャネリングしたモーリス・バーバネルや、同じく先住部族のガイド、ホワイトイーグルをチャネリングしたグレース・クックなどがいます。

欧米のスピリチュアリズムは、活動の形によって幾つかの派に分かれています。

独自の宗教運動というスタンスを保っているところもあれば、キリスト教プロテスタント宗派の中に足場を持って、より一般社会の中で受け入れられやすい形で活動しているところもあります。

これは「魂は死後も生き続け、転生輪廻を通して進化の道をたどる」と教えるスピリチュアリズムが、キリスト教が中心を占める欧米社会で、さまざまな圧力を受けながら活動していかなければならなかった歴史と関係しています。

私自身、アメリカのスピリチュアリスト派のセミナリー(神学校)を卒業していますが、スピリチュアリズムを「宗教」として広めようとは考えていません。

固定された教義に基づいて組織を固めていかなければならない、古い形の「宗教」の在り方は、その役目を終えつつあると思うからです。

スピリチュアリズムは、自らを宗教であると同時に、哲学であり、科学であると定義します。

簡単に言えば、宗教とは信じること。哲学とは探求し、深く考えること。そして科学とは、証明を通して客観性を求めることです。

スピリチュアリズムの視点と方法論は、今の日本に生きる人たちが直面しているたくさんの問題に解決の手がかりを与え、生きるための指針を示すことができます。

人は精神的な視野と価値観なしには生きることはできない。そしてスピリチュアリズムは、そのためのバランスされたアプローチを示してくれると思います。

最近は日本では、本来のスピリチュアリズムについては、シルバーバーチ関連の翻訳以外、あまり知られていないように思います。

例えば、スピリチュアリズムに「先祖供養」や「祟(たた)り」という考えはありませんし、人を不安に陥れるような形で、目に見えない世界を仲介することもありません。

スピリチュアリズムでは、「霊的存在(スピリット)」とのコンタクトは、私たちが人間としてよりよく生きるための癒しや支え、そして学びと成長のためのきっかけや機会として与えられるものと考えます。

スピリチュアリズムの訓練を経た霊媒やチャネラーが提供するのは、このような目的をもった、目に見えない世界とのコンタクトです。

 

スピリチュアリズム本来の教えに興味のある人は、アメリカ・スピリチュアリスト教会連合(NSAC)のウェブサイトからパンフレットをダウンロードできます(英語)。

NSACは、さまざまな形で活動するスピリチュアリストの組織や教会の集まりで、パンフレットにはスピリチュアリズムのもっとも根本的な信条が要約されています。

ここでは、パンフレットから基本的なところを抜粋翻訳しておきます。

以下の1から6までは1899年。7、8は1901年に起草されたものです。非常に古風な文章なので、表現がわかりづらい箇所は、文意を損なわない程度に整理し、あるいは( )内に語を補ってあります。

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「原理の宣言、解釈と定義」
スピリチュアリズムの基礎

1. 我々は「Infinite Intelligence(無限なる知性)」が存在することを信じる。
もっとも高い非人格的な力が(宇宙に)偏在し、あらゆる形の生命を通して自らを現す。ある人々はそれを「God(神)」と呼び、別の人々は「Spirit(スピリット、大いなる霊)」と呼び、スピリチュアリストはそれを「Infinite Intelligence(無限なる知性)」と呼ぶ。

この力は非人格的なものであり、我々は、この創造的な力を自分自身で、個人的な形で感じることを通してのみ、理解することができる。

2. 我々は、自然現象は、物理的なものも精神的なものも、「無限なる知性」の表現であると信じる。

大いなる霊(スピリット=無限なる知性)が(宇宙に)偏在し、あらゆる形の生命はその顕現である。そしてまたそれゆえ、すべての人は神の子である。

3. 我々は、このような(「無限なる知性」の)表現を正しく理解し、それに従って生きることこそが、真の宗教を形作るものであると考える。

自然の法則を、人生の物質・思考・精神的レベルで正しく理解し、それに従って生きることで、魂のもっとも高い望みと性質が開かれ広がることが可能になる。それ(を助けること)が真の宗教の正しい機能である。

4. 我々は、個人の存在と人格のアイデンティティは、「死」と呼ばれる変化を通過した後も続くと考える。
(略)

5. 我々は、いわゆる「死者」とのコミュニケーションは事実であり、スピリチュアリズム的な現象によって科学的に証明され得ると考える。

霊とのコミュニケーションは、世界のあらゆる時代を通じ、聖典と一般文献の双方で十分に記録され、証拠づけられてきた。正統派の信仰(通常のユダヤ・キリスト教)はこれらの(霊の)顕現を認めつつ、その教義や信条では、それらを超自然的な視点から解釈してきた。

スピリチュアリズムは、これらの(霊の)顕現を受け入れ、認め、自然の法則の理解に基づいて解釈する。

6. 我々は、最も高い道徳は、「自分が他者からなされたいと望むように他者になせ」という黄金律の中に含まれていると信じる。
(略)

7. 我々は、個人の道徳的責任を肯定する。人は、自然の物理的・精神的法則に従うか反するかによって、自分自身を幸せまたは不幸にする。

すべての人は、自分が住む世界の福利、それが繁栄するか惨めなものになるか、幸せなものになるか不幸せなものになるかついて、責任がある。我々が地上に天国を得ようとするならば、それを自分自身と他者のために築くことを学ばなければならない。

すべての人は、自らの精神的成長と幸せに責任を持つ。我々は間違いやあやまちを乗り越え、克服し、それを、美徳と善を愛する気持ちにとり替えていかなければならない。精神的成長と進歩は、熱意と個人の切なる努力によって獲得されるものである。

(キリスト教でうたわれる)身代わりの贖罪は、スピリチュアリズムの哲学には属さない。すべての人は自らの荷物を背負い、誤ちを克服し、それを正しい行いととりかえていくのである。

8. 我々は、自己改善(=魂の進化)への扉は、どのような魂にも、この世でも向こう側の
世界でも、決して閉じられることがないと考える。

そして「(最後の審判を経て一部の人々は)永遠に地獄に落ちる」という、ひどく間違った、非論理的な教えを完全に放棄する。その代わりに、「生命は、死と呼ばれる変化を超えて生き続ける」という考えを受け入れる。同時にそのような可能性を、考える力のある人々に考慮してもらえるよう、提示する。

自然な生とはこのようなものである。より精神的な状態に向けて成長し進歩するための機会は、この地上に在るすべての者に開かれている。我々は「人が地獄に落ちる」といった教義を決して受け入れない。

誤った行いは必然的に言葉にしがたい後悔と苦しみをもたらし、その個人の努力によってのみ、その状態から救われることができる。そしてそれは、この人生で果たすことができなければ、その後の生で果たすことが可能である。

我々がこの世にある間に自らの生をよりよいものにし、そして隣人の生をより幸せなものにするならば、その幸せを広げ、地上に天国を築くことができる。そしてそれを、霊の世界にまでもっていくことができるのだ。

(以下略、引用ここまで)

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補足コメント

これらの文は、1899年から1909年にかけてアメリカで起草されました。その頃にアメリカというキリスト教文化圏で「(神の裁きによる)地獄への断罪などはない」と言い切り、(救世主による)贖罪の概念を否定してしまうことには、大変な勇気が必要でした。

それはキリスト教の教義の根本を否定することであり、少し前の時代であれば、異端審問や魔女狩りにかけられていたような内容です。転生輪廻を当たり前のこととする東洋文化圏で「魂は永遠だ」と口にするのとはわけが違ったのです。

しかし「人間がよりよく生きるための新しい視点と足場を提供したい」という熱意のもとに、知恵と勇気ある人々によって活動が続けられました。

本来のスピリチュアリズムには、このような活動の歴史と、その重みがあります。

日本では「宗教」という言葉に抵抗を感じる人も多いのですが、Religionは本来、「(神聖なるものへの)畏敬」という意味で、組織宗教を指すものではありません。

 

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(同パンフレット、次の引用ここから)

言葉の定義(1914年に採択)

1. スピリチュアリズムとは、(死を超えて)なお続く「生」についての科学であり、哲学であり、宗教である。それは、霊媒を通して霊の世界に住む存在とコミュニケーションができるという、証明可能な事実に基づく。

2. スピリチュアリストとは、霊媒を通してこの世界と霊の世界のコミュニケーションが可能であると信じ、それを自らの宗教の根本とする者である。そして自らの人格と行動を、このようなコミュニケーションから得られる、もっとも高い教えに沿って形作ろうと努力する者である。

3. 霊媒とは、体質的に目に見えない世界の存在を敏感に感じとることのできる者である。その媒介によって、目に見えない世界の知性ある存在は、メッセージを伝え、スピリチュアリズム的現象を引き起こすことができる。

4. スピリチュアリストのヒーラーとは、生来の能力あるいは霊媒としての働きを通して、生命を活性化する治癒効果のある力を、病気の状態に対して与えることのできる者である。

5. スピリチュアリズム的現象は、以下のようなものからなる。

預言、透視能力、霊聴能力、異言を語ること、手を当てることによる癒し(ハンズオンヒーリング)、(霊的・精神的)ヒーリング、ヴィジョン、トランス、アポーツ(物質の瞬間移動)、空中浮遊、ラップ現象、自動筆記、(霊による)直接筆記ないし描画、(霊による直接)発音、(霊の)物質化、霊写真、サイコメトリ、およびその他の死を超えた生命の継続性を証明する現象。

これらは人間の肉体的・精神的感覚と機能を通して現される。

スピリチュアリズムは科学である。なぜならそれは、霊の世界の側から示された現象を調査し、分析し、分類するからだ。

スピリチュアリズムは哲学である。なぜならそれは、生きるということについて、その目に見える側と見えない側の両方において、自然の法則を研究するからだ。そして目の前で観察された事実に基づいて、その結論を導くからだ。

スピリチュアリズムが過去の時代に観察された事実の証言とそこから導かれた結論を受け入れるのは、それが理性と、現在観察される事実の結果によって裏付けられる時である。

スピリチュアリズムは宗教である。なぜならそれは、神の法であるところの自然の物理的、知性的、精神的法則を理解し、それに従おうと努力するからだ。」

(引用ここまで)